輪を段々ひろげて、例えば「大石良雄」という作品においては、封建的な観念が忠義を典型とする良雄の復讐という行動の動機を、経済の問題において観察する試みも企てた。
 真知子に到って、この作者の投げる輪は格段と拡がったのであるけれど、投げ輪の行く手を稠密に観察する読者は、投げられた輪がかなりのひろさに円を描いて社会の事情にふれてゆきながら、その輪はいつも一筋の常識の綱につながれていてやがて落ちついたところは、常に一定の安定した平面の上であることを見出しはしないだろうか。そして、そこに作者の人生態度の動きの原則めいたものを発見するのではないだろうか。一つの文学作品の全過程が、こまかく辿られた窮極において、その主人公と作者とが初めに出発した生活的地点の肯定に帰着するという創作の道ゆきは、注目されるべきところである。「真知子」は、一本の鉛筆で、ひろく大きく輪をかいたが、終りは、描き出しの第一点へ帰って来ている、という作品である。
 一九二七年の冬からモスクワに暮していた中條百合子は、この頃から、「モスクワ印象記」その他の見聞記を日本の雑誌にのせはじめていた。一九三〇年の暮れ帰国して、三一年に、プロ
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