むずかしい人生はもう作者にとりあげられていない。
この長篇「真知子」は、野上彌生子の作家としてのつよい意図のもとに構成されている作品である。中流上流生活の姿も、常識的に描ける範囲ではこまかく描写されているし、関と真知子、河井と真知子などの間に交わされる会話には、芸術の価値についての論議、学問というものが存在しなければならないその意義についての対談もあり、コロンタイズムへの質疑もふくめられている。生きて動いている時代の脈動に対し、時代的なトピックに対する作家としての積極的な反応を示そうとした力作である。が、その作品の内部に、主観的に客観的につめこまれているはげしい混沌もまた何とこの作家の属している上層有識人たちの歴史的な性質を語っていることであろう。全体としてその混沌はこの階層の歴史的な諸要素を照りかえしながら、同時に、作品を貫いているテーマの発展とその帰趨においては、この作家の精神の曲線の特徴的なカーヴが描き出されている。このことも亦示唆に富んだ事実だと思う。
ホトトギスに、厭味のない、あっさりとしたつつましい作品を発表して以来、この作家はその身辺の事象を作品の中に捉える観察の投げ
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