河井が自分の工場を職工の共同経営にゆだねるという態度も、真知子の好みにふさわしいし、まして、金にあかした研究室だけは、安全にのこされたということは、真知子にとって余り運がつよすぎることではないだろうか。真知子は、河井に結ばれるように自分の考えのかわったことが「後戻りしたなんて簡単に片づけられるの、厭なこったわ」と云っている。作者のある心の声がここに響いている。そう感じるのは間違っているだろうか。
 作者の意企は、関に会う前の真知子、関とのいきさつの中にある真知子、そのいきさつの破れた後の真知子と、少くとも三つの段階を経て一人の婦人の内部成長の足どりを辿るところにあったに違いない。けれどもこの一篇の初めと終りとの間に果して真知子の本質的な発展があっただろうか。読み終って考えれば、真知子の時代的な冒険の歩みは、とどのつまりにおいて、彼女に、もとのままの彼女の中流的な物質と精神の必要、好み、時代おくれでもなく急進的でもない、自分にのこされた適合する良人、河井を見出させたハッピー・エンドの物語であるとも云い得る。そして、米子は、真知子の工合よくめぐり合わせのかげに無解決のまま、母となった米子の
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