立って第三部まで執筆したことも見落せない。ゾラに「巴里」がある。震災で古い東京はなくなった。その思い出のためというばかりが、小剣のモティーヴではなかった。社会の渦の中心としての都市「東京」が描きたかったのであろう。しかしこの大長篇が、完成されなかったということも同時に記憶されることである。広津和郎がこの頃盛に書いていた連載ものの一つに「女給」というのがあった。プロレタリア文学理論に対しては懐疑的な一面をすてないこの作者も、「女給」は、ただ享楽の対象としてではなく女が働いて生きてゆく形として、三上於菟吉その他の大衆文学とは異った面から描こうとした。「田園の憂鬱」「都会の憂鬱」の作者佐藤春夫が執筆していた「心驕れる女」という通俗作品に登場する人物にさえ時代の空気は流れ入っていた。通俗小説さえその現代性を粉飾する要素として、左翼的[#「左翼的」に傍点]な若い男女の行動や心理を、歪め、誤解し、逆宣伝しつつその中にとり入れていたのであった。
 両性問題がこの時代のように社会関係と道徳の建て直しの意味で広汎に論議され、広汎な現実で試みられた時期は、おそらく明治開化期以来なかっただろうと思う。
 第
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