、「婦女の鑑」は当時にあって珍しい社会的な題材を扱っていた。
 擡頭しつつあった当時の日本の繊維産業と、その生産で女・子供が使役されはじめた状態が扱われたのは珍しいことであった。工場の給食や託児所という、働くものの福利施設のことが出て来ていることも珍しい。木村曙という作家は、彼女の若い女性らしい正義感によって、尨大な数になりはじめた「女工」生活の非人間的な条件を観察し、それへの抗議として、そんな題材へも及んだのであったろう。けれども文体や文学技法の上での不十分さから「婦女の鑑」は所謂有名な作品とはならなかった様子である。そして、表面開化しながら内実は封建性の暗さ重さに圧しつけられていた社会全般の生活は、木村曙によって文学に導き入れられたひろい社会的生産的題材というものを、つよく云えば数十年後の今日まで、婦人による文学の領域で発展させないままに来たのであった。

     二、「清風徐ろに吹来つて」
         (明治初期二)

 三宅花圃が昭和十四年の春ごろ婦人公論にのせた「思い出の人々」は、いろいろの意味から面白い自伝であった。花圃の幼年時代の生活が、倒壊してゆく幕府の運命の埃
前へ 次へ
全369ページ中25ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング