を、その肩に蒙るばかり近くあったせいか、同じぐらいの年配でも地方出身の人たちは使わない徳川「瓦解」とか「御一新」とかいう表現のうちに、江戸から東京への推移の感情を生々しくつたえている。その思い出のなかに、明治十九年の秋、中島歌子の「萩の舎」で催された九日の和歌の月並会での一情景が、語られている。
「出席して見ますと、みんなの前におすしを配っている、縮れ毛で少し猫背の見なれぬ女の人が居りました。私は江崎まき子さんと床の間の前に坐ってべちゃくちゃお喋りをしておりましたが、ちょうど私たちの前へ運ばれて来たお皿に、赤壁《せきへき》の賦《ふ》の『清風《せいふう》徐《おもむ》ろに吹来つて水波《すいは》起《おこ》らず』という一節が書いてございましたから、二人で声を出して読んで居りますと、若い女の人がそれに続けて『酒を挙げて客に属し、明日の詩を誦し窈窕《えうてう》の章を歌ふ』と口ずさんでいるではございませんか。
 私たちは、顔を見合わせて『なんだ、生意気な女』と思っておりましたが、その人が他ならぬ一葉さんで、会が終って、帰るときに、先生から『特別に目をかけてあげてほしい』とお引合せがございました。一葉
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