人が青野季吉であったということは、今日の読者に深い感慨を催させる事実であると思う。生活の発展と芸術の発展とを統一的な地盤の上に求めていたロシア文学専攻の評論家片上伸も、この外在批評の問題には深い興味を示した。
 有島武郎の悲劇的な終焉後、労働生活に入り「狼へ!」という報告文学を発表した藤森成吉は、一九二六年「無産階級文芸論」を「社会問題講座」に書いて、これまでのプロレタリア芸術理論で不明確であったいくつかの点を、整理した。第一、プロレタリア文学とは、貧困、反抗、労働などばかりを書く文学ではなくて、現代資本主義社会のあらゆる問題をとらえて題材とし得る。プロレタリア文学は、ただ題材や作者の出身階級によって生まれるのではなくて、「作者の精神の問題」である。プロレタリアとしての意識がかけているならば、題材ばかり労働を描いても何らプロレタリア文学ではないということ。第二、プロレタリア文学が労働者とその階級出身の作家によってでなければ生れないと考えることは誤っている。知識階級の作家であろうとも本当に現代の歴史の中でプロレタリアが担当している任務を知り、その立場に立つ者ならば、それはプロレタリア作家
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