ランスに現れた芸術上の即物主義、主観による外界の感覚的表現、物を動く姿に於て捉える近代性の強調等であり、大戦の後のヨーロッパにおこっていたキュビズム、ヴォナシズム、ダダイズム等の小市民的な芸術流派の影響を間接ながら蒙っていた。
横光利一が、このグループの主張を極端にまで押しすすめた表現で「園」「ナポレオンと田虫」等を書いたのもこの頃である。
主観的なリアリズムは、志賀直哉の作品でその山巓《さんてん》が示されていた。しかしその高き山の頂に住む静けさを愉しむような日常生活の条件は、これら後進の作家たちの経済にも文学的立場にももう失われている。さりとて、プロレタリア文学運動に身を投じることはこれらの人々の全く中流人らしい人生の見かたや、その習慣のうちに萎縮している心情の本質から望まなかった。単に文学の様式からだけ論じれば新しい無産階級の文学と云われる前田河広一郎、中西伊之助、宮嶋資夫等の作品が、自然主義風の描写から脱却していないところへ、この文学運動に反対して立つ一つのよりどころを見出した一団の人々は新感覚派という中間の芸術至上の集団として自分たちを結集したのであった。はじめに、新感覚派
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