篤、中村武羅夫、生田長江などという作家は、明瞭に反対の立場を示した。これらの人々の云い分に共通なのは、芸術は階級闘争のそとに超然としているべきものであるということであった。又生田長江のように、歴史の推進力としてのプロレタリア階級の意味を理解せず、その協力者としてのインテリゲンツィアの進歩性の価値を理解せず「資本主義の社会組織によって虐圧汚毒されているのは無産階級ばかりであると考える社会観の不徹底さ」とその点に反撥した評論家もあった。
「社会主義をとりあつかった文学は、永遠性がないからいけない」(一九二一年)といった武者小路実篤は、当時「新しき村」をはじめた。人間同士が兄弟姉妹として強制のない協力生活を営み、各自がその肉体にふさわしい条件で一個の労働者としての技量を見につけ、自給自足し「個人が自由をたのしめる独立人として生きられる世界は一番いい世界」をもち来すために、「先ず自分の心がけも生活も労働もその社会にふさわしいものにし」ようと、「人間生活の研究処」としての村をはじめたのであった。この着想は世界の社会主義思想の歴史の中では十八世紀にフーリエその他の人によって試みられた空想的なユート
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