しな、ひとりでに調子よいありがとうが唇から流れ出た。そのような情景を、写生風な文章で描いた小説である。
 須磨子の身辺がおそらくそのままに描き出されているらしいばかりでなく、今日の読者には、久江という女主人公が、いかにも深い興味をさそわれてこのありがとうの云いまわしを研究しているところが、その頃の須磨子の小説らしく面白く思えるのである。
 須磨子の芸熱心は、様々に彼女を批評した人々も認めずにはいられなかった一つの強い特色であった。それに、我を忘れてその役の実感に情熱をうちはめてゆく資質の傾向も独特で、例えば同じ文芸協会に女優として入った上山草人の夫人山川浦路の気質などとは、対蹠的であったと思われる。山川浦路は、文芸協会が創られた時、新しい日本の演劇のために献身しようとした草人を扶ける意味から女優の修業に立った。彼女の出身学校であった女子学習院はそのことで浦路を除名するという時代の絆に敢然と立ち向ったのであるけれども、芸術の道と女としての生活とは、彼女にとって一応一致していたばかりでなく、浦路は「実生活は実生活で芝居ではない」というけじめがいつもはっきりしている人であった。
 須磨子は全
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