新生活を求めて出て来ていた人々であった。上流的というよりは中流の或は地主としての空気の中に生れた女性たちであった。そういう肌合いは、『白樺』の人々が身近く感じている女性と、言葉づかいからして違っているわけであったろう。『青鞜』のグループと『白樺』とが若い世代の動きとして共通した脈絡をもち得なかったことには、末期の『青鞜』に『平民新聞』廃刊後のアナーキズムの色が流入したからというばかりでない内奥の理由もある。この事実を、十九世紀後半欧州各国に萌え立った文芸思想運動の中で、若い男女がどんなに共同の動きをして来たかということに思いくらべると、日本の歴史の独特さについて深い感慨にうたれざるを得ない。『白樺』も『青鞜』もくりかえし、「運動」をおこそうとするのではないと、云っているところも、時代の陰翳として見られるのである。
 或る意味で『白樺』の影響をうけ、しかし女としての成長の過程では『青鞜』時代というものを全く知らないで、自分が「貧しき人々の群」を発表したのは大正五年の秋であった。ロマンティックな要素とリアリズムの入り混った人道主義の作風で描かれた窮乏の農村生活の絵であり、幼稚ながら、作家の
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