らなかった」上流青年の自己高揚拡大への意欲であるという社会的本質をも併せもった。
 自己を生かし抜いた人々として天才への曇りない讚美が『白樺』を一貫した一つの特色であったことも、以上の思想感情から肯ける。当時の日本の若い知識人の間に美術家としてセザンヌ、ゴオホ、ゴーガン、ロダン、文学者としてホイットマン、ブレーク、ロマン・ローラン、音楽家の人類的選手としてベートーヴェン等への熱愛が高められ、自然主義の自己検討の内向性は、個人のうちにひそめられている可能に対する人類への責任という見方へと、内面の真実を尊ぶ傾向へとに推進したのであった。『白樺』の人道主義は、当時にあって人生に積極なものを求めるあらゆる若い心を捉えたと云って過言ではなかったのである。
 ところが、今日顧みれば『白樺』の人々の人間性肯定とヒューマニスティックな意欲は、当時の日本文学に新鮮溌剌な気息を導き入れたにもかかわらず、自己のうちに人類の意志を感じるという場合、それは全く主観に立って云われていたものであったことも見落せない事実である。
 芸術家としての本心、実感というものは主観的に「自分としては」という角度から監視を受けた
前へ 次へ
全369ページ中154ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング