が、その本源的な自分というものの内容が社会的に考えられたとき、どんな生活環境の伝統と習俗と気風とを因子《ファクター》として成り立っている「自分」かという客観的事実については、考えられなかった。従って、『白樺』の人道主義の傾向は、主観的でロマンティックな要素を多分にふくんでいた。人間的欲求の真実に立って生れたことは事実であるが、その半面には、『白樺』の人道主義が、個性の完成を社会条件と照し合わせず、内面的の可能でだけ見るそのことに、明治四十年末から大正初頭にかけての日本の社会が面していた反動の情勢が如何ほど相殺の力で作用していたかという機微をもうかがい得る。
『白樺』の各人の主観的誠実は年を経るままに種々様々の風波を閲した。その中から有島武郎を出すとともに、里見※[#「弓へん+享」、第3水準1−84−22]のまごころ哲学の常套をも生み、武者小路の自在と云えば自在だが、現代の社会の様相の中では或る場合に悲しき滑稽としてしかあらわれない「生きぬいた人」の無軌道な評価の態度が講談社本の製作ともなって転化していることは周知のとおりである。
『白樺』と『青鞜』とは歴史の上で併行してあらわれたのであ
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