く明治二十年代の日本の市井の女としての日常の心に、やみがたい疼きがあり、涙があり、訴えがあり、その上でそれを佳い作品に仕上げたいという勝気も熱意も加ったと思われる。時代が明治四十年代に進んで、日本の女の文化の水準が進み、社会的にも思想的にもやや複雑にされ、自覚を加えられたとして、女が作家となってゆき、小説を書いて行く心持の最も深いところにあるものは、依然として、この世に生きる女として真情吐露の欲望であったことは疑いないと思う。一葉の作品の世界では漠然と浮世のしがらみという風に見られていたものが、この時代に入ってはくっきりと社会の中心に男をおいて見られるようになって来て、それに対する女としての心を主張する形をとった。競争と云えば、そこを指すことも出来るかもしれないが、どっちが勝つというようなゴールが眼目ではなくて、少くとも、女の側からは、求めるものを求め抜こうとすることに伴った勝敗の感のあらわれであったろう。
 そういう意味での男女相剋を、最も濃い時代的雰囲気の中で小説に書いて行ったのが田村俊子であった。
 明治四十四年、大阪朝日新聞の懸賞に応じて「あきらめ」という長篇小説が当選し、つづ
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