て小説を職業もしくは道楽としている人があるが「女だから男子と同様のものを書くべきもので無いとは云い得られないのは勿論である。女であっても、其得意とする衣裳や髪容の細かい注意以外に或は男子の心理状態の解剖を為し得べき能力あるは、猶お男子にして婦人の心理解剖を為すに等しいものであろう。要は作品の問題で、畢竟佳い作品さえ出来ればそれで宜いのである。外国ではエリオット女史の如き、随分男子以上のところ迄突き進んでいる者もある。故に其作品から見て、成程遉がは女らしい筆致が見えているとか何とか云い得られようけれ共、其を逆に、其女らしいところが無いから其小説は偽だとか何とかいう批評は加え得られないのである。
 併し又、一方から作品と作者を分けて、どうも恁ういう甚しい事を書く様な女は嫁にする事は困ると云うのは又別で、作品の上には云い得られないが、作者の上には云っても差支は無い。
 けれ共又、他方から考うれば作に現れた芸術上の我と、然らざる平常の我とは別物であって、作家は二重人格《ダブルパーソナリティー》であるべきものだと云った考えを持っているかも知れない。是も亦不当でないと思うのであります。
 女子にし
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