このようにして、『青鞜』が明治の末から大正の初めにかけて持った歴史の役割は遂に終った。時代の波頭にもたげられておこり、又時代の波頭にうたれて砕け散ったこのグループの消長は、日本の中流女性の前進性の絵巻として、広汎であったその影響とともに、その終末の形においても、私たちに多くの学ぶべき様相を示したのであった。

     五、分流
         (大正前期)

 明治四十二年の二月ごろ、『女子文壇』という当時の女性のための文芸雑誌は、夏目漱石の「作家としての女子」という談話をのせている。短いものだけれども、その内容を今日の文学の現実や生活の感情に映してみるとなかなか面白いし、歴史的な意味もある。
「男女の性《セックス》は自然に分賦せられているものではあるけれども、教育は男女の別に拘らず同一の知識を与える。」そう冒頭して、漱石は更に其が職業に用いらるる時は、男女とも異るところなく生活を営んで行くのであって、その点では男女のテンペラメントが次第に同化されて来る。琴などでも男の盲人が習った琴も、令嬢が教えられた琴も、変りなく同様の音曲節奏となって現れる、と解釈している。さて、婦人にし
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