人の声でなく、私共を呪う人の声ですね。少くとも嘲る声としかきこえませぬ。と男が女に求める所謂新しさの底に、本質には旧い男の我ままや放肆のかくされていることを痛切に訴えている。「男は悪魔です。獣です、」とそこには素朴な憤りの迸った表現さえあった。
 社会の動きは、今これらの婦人たちを一つの渦の中に巻きこんだ。そして、この矛盾紛糾は、神近市子の最も深い犠牲において爆発し、数年の間彼女を社会から遮断した生活におく結果となって終結したのであった。
 自叙伝のなかに、大杉栄は、自分の喉に刃の当てられた夜までのいきさつを飾りなく語っている。
 神近市子の性格の明暗、その苦悩、三人の婦人達と自分との間の感情の流れも、比較的公平に一流の流暢さで書いている。けれども彼自身のアナーキストとしての理論やその実践に含まれていた破綻の因子については、追究の筆をすすめていない、雑文家の才筆で現象を語っているだけで、「マア理窟はどうでもいいとして」と云って過ぎている。当時に小さくない震撼と問題とを社会に与えた事件として客観的な扱いをしていない点は、そのことにも彼の立っていた思想の特質の一端が語られているとも見られる
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