との間に、思想的対立の兆したのは既にその前年のことであった。
『青鞜』が遂に発刊不能になったことは、同時に伊藤野枝と辻潤との生活破綻を語り、野枝は子供をつれて家を出た。大杉栄をめぐって堀保子、神近市子、伊藤野枝の苦しい渦巻が生じた。『青鞜』が嘗て婦人問題について諸家の回答を求めたとき、堀保子は皮肉に満ちた語調で次のように答えている。
「男の申しますには、若い男と女とが相愛のなかとなれば、斯うして別々に住っていて、別々の独立の生活をして、猶もし他にも相愛の男か女があれば、それらの人とも遠慮なく恋し合って、そしてもし愛がさめれば、いつでもその関係を離れるという風になれば理想的なんだそうでございます。けれども猶男の申しますには、斯ういう理想は今日の社会制度、今日の経済制度の下では、僅の例外者をのぞいては、迚も出来ないそうでございます。其故私も安心して居ります」と答えた。
その記事の現れる僅か数ヵ月前、神近市子は『青鞜』に「手紙の一つ」という感想をのせたことがあった。彼女はその手紙の中で、若く結婚しようとする同性の友に警告して、「さめよ」「自覚せよ」「新しい生命を求めよ」と叫ぶ声は私共を救う
前へ
次へ
全369ページ中135ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング