いことは、家庭と仕事との摩擦を、耐え難いものと感じさせるに到ったと見られる。家庭と仕事とのやりくり、そのやりくりのために、今は赤裸々な皮膚にふれて来る実生活との摩擦で疲労困憊したらいてうは、その苦痛と敗北と自身の生活態度の本質に客観的に考え究める可能を見出さず「こういう散文的な生活が只私を疲らせ、私の中の高貴なものの総てを汚し、私から光と力とを奪い去るものだ」としかみられなかった。苦痛の経験から、彼女は体験的な現実への生活力を蓄えず、又それによって思想の実質を更新させることもせずに退嬰して、「心霊上の自由」へ引こんだ。
「独立するについて両親に」という宣言の中で、「私が若い燕だの弟だのと呼んで居りましたHという私よりは五つも年下のあの若い画をかく男」と、やや下目に語られている一箇の男性が、「私は太陽である」と叫んだらいてうに、男として及ぼした作用の現実は、社会的な過去の力をもこめて決して単純なものでなかったことがわかる。それが単に個人の問題以上に深刻な性質をもっていることは、らいてうが、やがて母となるという自然な出来ごとに当ってさえ当時の卑俗な揶揄的な偏見と全面に闘わなければならなかっ
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