、その新居へうつされなければならないことになった。そして一年が経過した。
 翌大正四年一月『青鞜』の巻頭に、「青鞜を野枝さんにお譲りするについて」というらいてうの言葉が現れて、人々に或る衝撃に似た感じを与えた。らいてうは、『青鞜』刊行のための経済的なよりどころを、新生活の開始とともに失ったのであった。「親の保護を離れた私には今日の食べ物を得る金があったりなかったりする位でした」そういう経済上の逼迫につれて、らいてうが、自分たちの家庭というものを考えている。その考えかたは、一つの社会的挑戦の意味をもつ雑誌発行の事務をつかさどるところとしては、全く調和しがたい本質に築かれていることも明瞭となった。「自分がじっと静かに物を考えたり、祈ったり、書いたり、恋愛したり、休息したりする『自分の住家』というものは、いつも出来るだけ外からのものに邪魔されることのないように、いつも静かに、安全に保ちたいというのが私の日頃からの願でしたから。」
 結婚の習俗に抗しつつ、らいてうと博史との家庭についての感情が、全くあり来りの、おとなしい、けれども我知らず排他的になっている小市民の家庭感情から一歩も歩み出ていな
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