しれない子供の誕生ということについては「私は今の場合子供を造ろうとは思っていません」との断言が添えられてある。
娘を片づけるという考えのもとに行われている旧来の結婚の習俗にあきたらないで、故郷を去って当時共同生活を営んでいた『青鞜』の同人には伊藤野枝があり、思想的な根拠に立って其の実践としてそういう形態の生活をもっていた人々には『青鞜』に直接の関係はなかった大杉栄、岩野泡鳴などがあった。
嘗て『青鞜』創刊号に「元始、女性は太陽であった」という半ば神秘論に近い感想を発表した当時、らいてうは、その文章の中にも沢山女性という文字をつかって物を云っていたのに、実は、現実の社会に生活する女として、その実感を欠いていたという事実を、程経て自身心づいたということは、注目に価することであると思う。『青鞜』が第三巻に進んだ年、らいてうは初めてエレン・ケイの「恋愛と結婚」を読んだ。そして、その紹介と部分的な翻訳を発表するに際して、次のように語っている。「或る意味で自分は新しい女を以て自任しているものではあるが、実際を考えると多くの場合は自分は女だとは思っていない。(勿論男だと思っているのでないことは云
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