な女としてのその人の名は、其に不思議がないように抹殺されているところ。令嗣及夫人という身分ばかりは書き出されて、本人達の名前さえ全く消えているところ。若い婦人たちの文学志望が認められている当時の社会の一面に、どんな古い社会感情が湛えられていたかを具体的に示す例である。そういう空気の中で『青鞜』は、斬新であり、知識的であり、動的でもあった。周囲との摩擦の烈しさ、偏見、反動は、新しい女という言葉へ集注的に向けられたのであるが、大正三年、らいてうが、「独立するについて両親に」という文章を発表した頃から、『青鞜』のグループの生活と雑誌の内容とは、次第に現実的な動機を含んで変って行った。「独立するについて両親に」告げる文章は、平塚らいてうが「五分の子供と三分の女と二分の男を有っているHが、だんだんたまらなく可愛いものになって参りました」と、現在の良人である奥村博史氏との共同生活をはじめるについての宣言の文章であった。「現在行われている結婚制度に不満足である以上、そんな制度や法律に認めて貰う結婚はしたくないのです。私は、夫だの妻だのという名だけにもたまらない反感を抱く」と云い、両親が不安を抱くかも
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