した時代。そして一方では六千の市電従業員が待遇の不満を唱えて大晦日に市民の足を失わせ、紡績女工の数は激増した時期である。
 婦人記者の月給は十五円平均であったという当時の社会の現実とてらし合わせて、雷鳥の感想の本質をよめば、彼女は日本の婦人一般の生活では一度もまだ明瞭に自覚さえされたことのない「我」というものを、超脱せよ、と云っていることに愕かれるとともに、婦人の社会での地位の向上を現実条件の改善から求めることに対する彼女の否定の性質が、どういうものかということも、考えられるのである。
 嘗て自由民権の時代に大阪事件にかかわりをもった福田英子が『青鞜』の第二年目の或る号に感想を乞われて、老齢ながら「若き日の誇り」をもって、らいてう女史の識見は高いが、それは人生問題であって、婦人問題ではないと、その区別を明らかにしたのは正当であった。婦人問題の行くべき道としてそこに福田英子の述べているところは、資本主義社会の生産の機構の矛盾と、婦人の間にもある搾取者と被搾取者との間の階級分化とその対立、発展の歴史的必然にふれているものであった。
 らいてうの感想そのものだけについて観れば、こうして小市民
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