て地方文化のうちに生きた威力を逞しくしている。そのような家の空気、家長的な圧迫に抗する情熱は、生活力に溢れるそれらの婦人たちを様々な形で故郷に背かせただろう。父兄の圧制は、やがて女としてめざめた眼に良人の妻への専制とつづいて周囲や我身の上に目撃されるようになったろう。周囲の現実をあるがままに見れば、女として伸びたい心の痛切な叫びは高まって、而も、封建の要素を多分にもちこした社会の構成からもたらされている非人間的な条件の本質を理解する迄には成長していなかったこれらの婦人たちが、その鬱積を男に向けて、男の専横からの女性の解放という方向に赴いたことは、その時代の、それらの婦人たちの生活の環境や教養から推して十分に肯ける。
 坪内逍遙が明治四十三年に何かの講演で、はじめて、「新しい女」という表現をしたということが、神崎清氏の「現代女性年表」に記されている。しかしながら、祖母たちの中にスタール夫人もジョルジュ・サンドも持っていない日本の「新しい女」というものは、その内容に、何と複雑な旧さと新しさの混淆を持っていただろう。自身の知らない歴史的な混迷がそこにあった。
 新しい女という造語の動機をなし
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