数をその枠内にとらえている身辺描写と、その範囲での女としての個人的な自己検討、自己主張の戸口であるとも思われる。
明治四十年に入れば、日本にも職業婦人が出現している。今井邦子が、若い詩人山田邦子として故郷をすてて東京へ出て、婦人記者としての職業についたのも、この時代であった。神近市子が婦人通訳として自立生活に入ったのもこの頃のことであったろう。現に水野仙子は、生活のために編輯員として働く職業婦人の経験をも持っていた。それだのに、概して当時の進歩的な婦人たちの関心が、男対女という関係の見かたの範囲で、男性の横暴から婦人を解放しなければならないという方向にだけ動いたということは、ブルジョア婦人解放史として見のがせないこの時代の歴史的特色であると思う。
水野仙子にしろ、その他の婦人たちにしろ故郷の生家は其々の地方で所謂相当な生活を営む中流的な旧家が多かった。経済的にも文化的にも、娘たちを女学校へ出すだけにゆとりもあり、開化もしていたのであったろう。が、いざ女の子がそれ以上進んで文学の仕事をしたい、勉強したいと云えば、そんな若い女の熱心そのものが周囲を驚愕させるような封建性は、強い枷となっ
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