「えらかあない、当り前ですわ」そういう会話がとり交されている室の外で、鶯が高く声を張ってつづけさまに囀る。那美さんというその女は「あれが本当の歌です」という。長良の乙女のあわれな歌は、本当の歌ではないという意味である。更にこの美人は、禅寺に出入りしていて、坊主に懸想されたとき、そんなに可愛いなら仏様の前で一緒に寝ようと、泰安さんの頸っ玉へかじりついたひとである。現実と自分との間に三尺のへだたりをおき、恋という人情からも「間三尺」へだてて美を味っている画家の所謂非人情を理解して、しかもその距離では、惜しげもなく自身の美に耽っている女である。
この那美という女の姿は、短篇「琴の空音」の中の女主人公にも似ており、「虞美人草」の藤尾とも血脈をひいている。周囲の俗眼から奇矯とみられることにひるまない女、思うままに云い、好むるままに行い、東洋と西欧との教養がとけあっている女。漱石が描こうとしたその種の女の美は、当時にあっていかにも知的であったろうし、ロマンティックであったにもちがいない。今日みれば、明治の四十年代という時代の知識人が、一般にはまだ低くくろずんで眠らされていた女の世界から、僅かに誘
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