、両手を一杯に延ばすと、
「阿母《おっか》さん!」
とはっきり叫んで、そのまんまとうとう駄目になってしまったときの、あの鋭い声、あの痩せた手が新さんの目について離れなかった。
 どこの山中、野の端に野たれ死をしても、いまわの際に「おっかあ!」と呼んで死ねる者は、何という幸福なことか。新さんは、真面目に自分の死ということを考えていたのである。
 或る殊に暑苦しい日、朝から新さんは身動きもできないほど弱っていた。
 五月蠅《うるさ》い蠅を追いながら、曇った目であてどもなく、高く高くはてもなく拡がった空を見ていると、どこからか飛び込んで来たように、自分はもう生きていられない身だということを確かにハッキリと感じた。
 新さんは、妙に笑いながら、ムズムズと体を動かして顔を撫で廻しながら、
「おっかあー!」
とやさしい声で呼んだ。
 裏口の水音がやんで、濡手のままおふくろは仏頂面《ぶっちょうづら》をして、
「何だあ?」
と入って来た。
「いそがしかっぺえがちょっくら坐って、話してえがんけえ? 俺れえ話しときてえことがあるんだがなあ」
「何だ? 早く云ったらええでねえけえ」
「ま、ちょっとお坐りて。
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