天道様を拝んでいたことかと思うと、飛んでも行きたいほどのなつかしさを覚えた。
それだのにこの広い世の中に、たった二人きりの母子《おやこ》でありながら、この頃のように訳も分らないことで、情ない行き違いをしていなければならないのを思い、自分のもうとうてい癒りそうにない病気を思うと、ほんとうに生きている甲斐もなくなったように感じられた。
自分がいておっかあの邪魔になるなら、今すぐからでもどこかへ行ってもしまうけれど、どうせは死ぬのも近いうちのことだろうのに、どうぞたった一度で好いから七年前に呼んでくれたように「新や!」と云ってくれたら、どんなに嬉しかろう!
新さんは、北海道で時蔵という男の所にいたとき、仲間の男で十九になるのが急に病《わずら》いついて、たった三日で死んだときの様子を、マザマザと思い出した。
その男は死ぬ日まで、
「阿母《おっか》さん! 阿母さん、何故来ないんだ? 俺りゃ待ってるんだぜ」
と云いながら、生れてから別れるまで、ついぞ大きな声さえ出したことのないほど優しい母親のことばっかり話していた。そして、もういよいよというときに、一度|瞑《つぶ》っていた眼を大きくあけて
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