などに何か考えている新さんを見ると、村中のものは、ほんとに気の毒がって、どうにかしてよくしてやりたいものだと心から噂し合った。けれども、この二三日はもうこれも出来ないほどになったので、家の陰の日もろくには射さないような長四畳にごろ寝をしているときが多くなった。
 部屋の直ぐ前から、ズーッと桑畑を越え、野菜の上を越えた向うには、林に包まれた墓地が見渡せた。
 新さんは、足の裏に針の束で突つくような痛痒い痺《しび》れを感じながら腕枕して静かに眺めていると、生々《いきいき》した日の下に踊っている木々の柔かい葉触れの音、傍に流れて行く溝流れのせせらぎが、一つ一つ心の底まで響き渡って、口に云われない憧れ心地になったり、遣瀬《やるせ》なさに迫られて、涙組ましい心持になった。
「あの林のかげにはちゃんがいる」
 新さんはそう思うと、まだ親父の生きていた時分の事々が、遠い夢のように思い出された。
 自分が、まだ七つ八つの頃、あんなに早く死のうなどとは、夢にも思えなかったほど、達者で心の優しかった父親が、自分を肩車に乗せて、食うだけ食えと桃畑の中を歩き廻ってくれた時分の自分等は、どんなに幸福に、嬉しいお
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