「や! うめえぞッ!」
「そーらやれやれ。ええか? 唄うぞ!
 ホラ
  俺らげーの畑でようー……
  ホラ、シッチョイサ!……」
「ワーッハハハハハ」
「ハハハハハハ。ええぞッ!」
「ホラ、しっかりしっかり!」
 善馬鹿は甚助の子に、ベチャベチャと草履で叩かれながら、着物のすそを両手にとって、ザラッ、ザラッと足から先に踊り出した。

        十六

 婦人達が来てから一週間はじきに経った。そして、村はだんだん、元の陰鬱な貧しさに落付き始めた。畑の方もだんだん急がしくなって来たので、自ずと酒屋の床几《えんだい》も淋しくなり、下らないいざこざも少くなった。
 けれども、町の婦人達の記念として、善馬鹿はすっかり酒飲みになってしまった。皆のなぐさみものとなってあっちこっちで飲まされたためであろう。
 私共は、朝から晩まで、彼のだらしなく酔った体が、泥まびれ汗まびれになって、村中をよろけ廻っているのを見るようになった。
 彼はどこの家でもかまわずに、入って行っては、
「酒えくんろー」
とねだる。
 村道添いの家で、彼に酒をほしがられない家は一軒もなかった。けれども大抵の家では酒を一滴か
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