度を失ってしまった。逃げ出したくはあっても、獣のような彼等に敗北して行くのはあまり口惜しい。皆興奮し、ヒステリックになってちょっと指を指されても大声を上げそうになっていると、甚助の子は、ぼんやり立っている善馬鹿の耳端で何かささやきながら、妙な身振りをして彼を突飛ばした。
 突飛ばされて、彼は真直に婦人達の中に入って、
「へ……。へ……」
と笑いながら、見ていられないような様子をしはじめた。
 婦人達は恥かしさと、怒りで真赤になり、袂を顔にあてながら、
「失礼じゃありませんか!」
「あんまりです! 何をするの?」
と叫びながら立ち去ろうとした。
 こうなると貧民共の獣性はすっかり露骨になってしまって、大人までが聞くに堪えない冗談を浴せかけた。
 会長夫人は気が違いそうになった。そして涙を目一杯にためながら、傍の人から金包みを引ったくると、狒々婆の顔へギューギューと押しつけて叫んだ。
「は、早く行って下さい! あまり、あまりひどい。さ! さ! 早くってば! あまり……」
 婆さんはようよう立ち上って、善馬鹿を向うに突飛ばしながら、非常に落付いて、
「どうもお有難うござりやした。おかげさまで
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