集った者どもの羨望のささやきにとりまかれて、桶屋の前に据えられた。
彼等は、飛びつきたいほど嬉しかった。けれども、強いて落着いて云えるだけお礼を云いお世辞を並べながら続けさまに頭を下げた。
そして、仕舞いには腹が立って来て、
「人こけにしてけつかる。行げっちゃあ!」
と怒鳴りたくなって来るまで、婦人達はだまって頭を上げたり下げたりさせて見ていたのである。
ついに婦人は動き出した。彼等はホッとした。
そして、まだ一人二人の女は自分の軒の前にいるのにもかまわず、桶屋夫婦は包みを両方から引っぱって、急いでまごつきながら開けて見た。
中には五円札が一枚入っていた。
二人は札の面を見た瞬間、弾《はじ》かれたように顔を見合せて、ニヤリとした。
「当分楽が出来んなあ」
「ほんによ。そんにこんねえだの帯も買《け》えるしな」
女房は云ってしまってからハッと気が付いて、娘の方を見ると、ぼんやり疲れきったようにして、揉みくちゃになった水引だの、「病人見舞金」と楷書で書いてある包紙を見ている。
女房はチョッと舌打をして、男に耳こすりをした。亭主もその紙を見て、娘を見て云った。
「なあに大丈夫よ
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