んだりした経験の一度や二度、持たない者のないような村人のことであるから、ただそれだけのことなら、皆の茶話にも出ないで消えてしまっただろうが、新さんが名うての正直者で、おふくろがまた、これは名代の慾張りでいろいろ評判を立てられている女なので、皆の好奇心を煽ったのである。何かこの裏には魂胆があるといって、私の家へ来るもので新さんの噂をしない者はないほどだった。
私は、その新さんという男には、たった二度ほか口を利いたことがない。随って、どんな男だか、はっきりは分らないが、内気そうな低い声で、大変丁寧に口を利く人だと思っていた。私にも、あの男がそんなことはしない、また出来ないと思われたけれども、彼の実のおふくろが家へ来るたんびに、ほんとうに怒って真赤になりながら、
「俺《お》らげの斃《くたば》り損い奴にもはあ、ほんにこまりやす。おめえさまお聞きやしただべえが、飛んでもねえことをしでかしやがってからに……」
と、新さんがその豆を売った金で、町の女郎屋に五日とか六日とか流連《いつづ》けたということを、大きな声で罵った。で、私は親身の親の云うこともまさか嘘だとも思えず、さりとて新さんがそんなことを
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