、あの夫人にひょんなことがなかったら、今日自分はどうしてこの位置をかち得ただろう! ほんとうに、まあ何という運の好い自分だろうか! と。
かようにして、初めはさほど大仰《おおぎょう》にする積りではなかったことがだんだん大きくなって来たので、とうとう奥様達の手には負えないほどになってしまった。
牧師は、朝から晩まで祈る暇もないようにして、金の保管やら事務の整理にこき使われて、
「それも道のためでございますわ、先生」
といつも言葉を添えては、少し歯に合わない事々は、あらいざらい、まるで川へ芥《ごみ》を流し込むように押しつけられた。
顎に三本ほど白い髯がそよいで、左の手の甲に小豆大の疣《いぼ》のあるのを一言口を動かす毎に弄《いじ》るので、それが近頃では、大変育って来た彼は、白木綿のヨレヨレの着物に襷《たすき》をかけて、毎日をどれほど短く暮していることか!
婦人連は顔を見合せる毎に、
「あれがすみますまではお互様にねえ、随分いそがしゅうございますこと」
と、自分等の間だけの符牒で話し合っては嬉しげに笑った。
物見遊山に行く前のように何だか心嬉しく、そわそわした心持で、わけもなくせわし
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