一つ二つ三つ四つ。
 彼は順繰りに分けていたが、不意に、前後を忘却させたほど強い衝動的な誘惑に駆られて、皆の顔をチラッと見ると、弟達のへ一つ入れる間に、非常な速さで自分の椀に一つだけよけい投げ込んだ。
 そして、何気なく次の一順を廻り始めようとしたとき、
「兄《あん》にい、俺《おい》らにもよ」
と、そのとき貰う番の弟が、強情な声で叫んだ。後の者も、真似をして椀をつきつけながら、兄に迫って行った。
 兄は、自分の失敗の腹立たしさに、口惜しそうな顔をしながら、突き出された椀の中に、小さい一切《ひときれ》をまた投げ込んでやった。
 けれども、初めに見つけたすぐ下の子は、兄のと自分のとを、しげしげ見くらべていた後、
「俺ら厭《や》んだあ! お前の方が太ってらあ」
と云うなり、矢庭に箸をのばして、兄の椀からその太った丸いのを、突き刺そうとした。
 物も云わせず、その子供の顔は、兄の平手で、三つ四つ続けざまに殴《ぶ》たれた。彼は火のつくように泣き出した。そして、歯をむき出し、拳骨をかためて「薯う一つよけいに食うべえと思った奴」にかかって行った。
 それから暫くの間は、三人が三巴《みつどもえ》になっ
前へ 次へ
全123ページ中7ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング