ことが起り、考えずにはいられなくなって来るのは好いことだと、とにかく思った。そして、起って来るだけのことは正直に受け入れて、正直に考え感じなければならないと思ったのである。
その晩も私は独りで自分の書斎に坐って、あれからこれへと考えていた。外は非常に月がよかった。で、いつものように灯を消して、真暗な処から世界の異ったように美しく見える、耕地の様子や山並みを眺めながらいたのである。
すると、暫く経ってから、芝生の彼方の方から何か軽い音が聞えて来た。どうも何かの足音らしく調子を取っている。そして、その草葉のすれるような、押えつけるような音は、だんだん近づいて来た。
近づくに随ってとうとうそれは人間が忍び込んで来たのだということが分った。
けれども私はすっかり安心した。なぜなら、輝きのうちをおよぐようにして、小さい子供が長い竿を抱えて、抜き足差し足で入って来たのを見つけたからである。
彼の行こうとしている方には、家中で一番美味しい杏《あんず》が、鈴なりになっている。
これですべては分った。私は、今までいた所から少し奥に引っこんだ。そして、子供のしようとすることを見ていたのである。
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