木の下まで忍び寄った子供は、注意深くあたりを見廻した。生垣で隔っている母屋の方にまで気を配った。
けれども、猫でない彼は、真暗闇の中にこの私が自分の一挙一動を見ていようとは、まさか思わなかったのだ。
やがて彼は腕一杯に竿を延ばした。顔をすっかり仰向けて、熟した果《み》に覘《ねら》いをつけ、竿の先をカチカチと小さく揺ると、二つ三つポロポロと落ちて来る。
彼は二三度同じことを繰返した。してみる度毎に結果は好いので、彼はだんだん勢付いて、子供らしい、すっかりそれに熱中した様子になって、四度目のときには、今までよりよほど力を入れて枝を擲《たた》いた。
木の頭は大きく揺れた。そしてバラバラとかなり高い音を立てながら沢山な果が、下にいる彼の顔の上だの肩の上だのに飛び散ったのである。
彼は予想外な結果にすっかり有頂天になって、驚きと喜びの混合した、
「ヤーッ!」
という感歎の声を、胸の奥から無意識に発した。
しかし、まだその声の消えないうちに彼は自分の不用心に気が付いた。急に自分のしていたことがすっかりこわくなった。
今にも誰か出て来そうに思われて来た彼は、せわしくあちらこちらをながめ
前へ
次へ
全123ページ中56ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング