ねにこそすれ、心配してやるなどということは夢にも思わない。
 善馬鹿の、名もない白痴の子は、豆腐を食べては子供等に馬の糞を押しつけられたり、髪が延びている所へ藁切れを結びつけられたりしているよりほかないのである。
 だんだん日数が経って、少しずつ自分の願いが叶いそうになって来るにつれて私は益々、白痴の子のことが気になってたまらなくなった。
 それで、私はどうにかして彼に近づこうとした。けれども、それはなかなかな仕事で、私の変に臆病な心持が、どうしても彼の傍に私の足を止めて置かせない。四五度遣りかけてはやめ遣りかけてはやめして、とうとうある日の夕方、彼のかたわらに私は立ちどまった。
 大変なことでもするように、私の胸はドキドキした。私は、人がかたわらへよっても見向きもしない子供の顔を見ながら、何をどう云って見ようかということを散々迷った。
 けれども、どんなことを云ったら、子供の心を引くことが出来るか分らなかったので、四苦八苦してようよう、
「どうしているの?」
と云った。
 この一句が唇をはなれないうちに、私はもう自分のやりそこないに気が付いた。
 どんな人でも、ぼんやりと、目にも心に
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