たか!
 今になって私はその正直だった若い教師を非常に気の毒に思うと同時に、私自身の態度の心持を堪らなく恥しくすまなく感じない訳には行かない。
 小さい、ものも分らない私にまで、自分の理由のある出言を撤回したあの教師が、あの若さでありながらふだんからどのくらい、自己を枉《ま》げることに馴らされていたかと思うと、ほんとに堪らない。
 若し今の私がその教師だったら?
 私はどうしたってききはしない。ましてそんな人を呑んでかかるような態度を見たら、どのくらい怒るか分らない。かえって叱って叱って、叱りとばして追い帰すだろうのに――。
 私は涙がこぼれそうになった。
 自分は欠点だらけな人間だけれども、そんな恥しい思い出にせめられるのは情ない。
 重く沈んだ心持になって、むこうの窓を眺めていると、子供達の頭の波をのり越えて、一つの顔が自分を見ているのに気が付いた。
 その顔は、殆ど四角に近いほど顎骨が突出て、赤くムクムクと肥っている。
 非常に無邪気な感じを与える峯の太い鼻。睫毛《まつげ》をすっかり抜いたような瞼がピチピチとしている眼は、ふくれ上った眼蓋《まぶた》と盛り上った頬に挾まれて、さも窮
前へ 次へ
全123ページ中37ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング