ぎるというほど、善馬鹿の一族は、どれもこれも人間らしいのはいなかった。
 善馬鹿が、まだあんなにならないで一人前の百姓で働いていた時分に出来た、たった独りの男の子は、これもまたほんとうの白痴である。
 女房が愛想をつかして、どこかへ逃げ出してしまってからは、善馬鹿とその子を両手に抱えて、おふくろばかりが辛い目を見ているのである。
 もう十一にもなりながら、その子は何の言葉も知らないし、体も育たない。五つ六つの子ぐらいほかない胴の上に、人なみの二倍もあるような開いた頭がのっているので、細い頸はその重みで年中フラフラと落付いたことがない。そして、年中豆腐ばっかり食べて、ほかの物はどれほど美味《おい》しいものであろうが見向きもしなかった。
 彼は、自分の唯一の食料を、
「たふ」
ということだけを知っているので、村の者達は皆何かの祟《たた》りに違いないと云っている。
 何でもよほど前のことだけれども、町へ大変|御利益《ごりやく》のある女の祈祷者が来たことがあった。そのとき、狒々婆も白痴の孫を連れて行って見てもらうとその女が云うには、幾十代か前の祖先が馬の皮剥ぎを商売にしていたことがあって、その
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