「水車屋《くるまや》の新さんてだなあ、おめえは。そんで北海道から、食えなくなって、おっかあんげへ戻って来たんだって、こんねえだおめえのおっかあがいってたぞ。いくじのねえ奴だて……」
 皆は声をそろえて笑った。
 けれども、新さんは別に顔色も変えずに、
「考《かんげ》えてからするもんだぞ」
と云いながら行ってしまった。
 それから一しきり、子供達は腹の癒《い》えるほど妙な新さんを罵ったけれども、もう一旦やめたいたずらはまたやる気にもなれず、肌ぬぎにした善馬鹿を、各自《めいめい》が、
「俺らの知ったこっちゃねーえぞ!」
と叫びながら一足ずつ蹴りつけて、ちりぢりばらばらに走《か》けて行ってしまった。

        六

 今年六十八になると自分では云っている善馬鹿のおふくろは、孫と一緒に或る農家の納屋のような所を借りて住んでいる。
 家賃を払わないで済むかわり、まるで豚小屋同然な所で、年中蚤や南京虫の巣になっている。
 それでもまだあの狒々婆《ひひばあ》さま――彼女は顔中皺だらけの上に白髪を振りかぶり、胸から腰が曲って何かする様子はまるで狒々なので皆が彼女の通称にしている――にはよす
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