物を始末すると、志野は一寸髪をかきあげ、
「どれ」
と、前かけをしめかけた。
「どうも有難う、手伝うわ」
「いいの、今日は――今日は引越し祝にあなたお客にしてあげるわ」
「ほんと? すてきすてき! せいぜい御馳走してよ。じゃあ私ここでただ喋くっているからね」
志野は、白キャラコの前かけを丸めてむこうに放ぽり出し、机の前に坐った。房は、窓じきり越しに露台の台所に。暫く森《しん》とした。塵埃のレースを張った硝子の方から、夕暮のどよめきが聞えた。若葉のつきかけた街路樹の梢と、まだ光の薄い広告燈の煌も見える。
「ね、一寸お志野さん、こんなものどこへ捨てるの」
志野は、急に夢でも醒されたような声で訊きかえした。
「え?」
「ごみすてはどこなの」
「そやっといて頂戴、夜んなったら下へ持ってくから……」
彼女の顔を見ず、言葉つきだけかげで聴くと、房は、疲れが分って気の毒な心持になった。志野は、電話局の事務員であった。
仕度が出来ると、房は一閑張の机を電燈の下へ持ち出した。
「――すっかり本式なのね」
「だって――じゃあどうしてたの? 今迄――」
「面倒くさいからここんところですましちゃうのよ
前へ
次へ
全38ページ中5ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング