氷蔵の二階
宮本百合子
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)閉《た》てきった
|:ルビの付いていない漢字とルビの付く漢字の境の記号
(例)皆|塵埃《ほこり》を立てた。
−−
一
表の往来には電車が通った。トラックも通った。時には多勢の兵隊が四列になってザック、ザック、鞣や金具の音をさせ、通った。それ等が皆|塵埃《ほこり》を立てた。まして、今は春だし、練兵場の方角から毎日風が吹くから、空気の中の埃といったらない。それが、硝子につく。硝子は、外側から一面薄茶色の粉を吹きつけたように曇っていた。何年前に、この大露台の硝子は拭かれたぎりなのだろう。
床は、トタン張であった。古くて、ところどころに弛みが来、歩くとベコン、ベコン、大きい音がした。屋根でも歩くようだ。房は、古いスリッパを穿き、なるたけ音をさせないように注意しながら、どこか閉《た》てきった硝子戸をあける場所はないか探した。
大きい西洋料理屋の何かで、椅子|卓子《テーブル》の時分はよかったろうが、穢い洋式の部屋に畳を敷いて坐っていると、大露台の閉めきりなのが、いかにも鬱陶しかった。
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