「今夜は、もっと本式よ」
 房は、悪戯《いたずら》らしくにこにこしながら、わざと隠して置いたアネモネの花を運んで来た。
「どう? わるくないでしょ? これをここんところに飾ってさ」
 彼女は、卓子の横に赤いアネモネをさした硝子花瓶を置くと、直ぐとってかえして、両手に西洋皿を持って入って来た。
「これを、こうっと、ね?」
「まあ! ステイキ?」
 志野は、房のすることを、少しびっくりしたように眺めていたが、美味そうに粉をふいた馬鈴薯まで添えてあるビーフステイクを見ると、始めて本気な興味を示して感歎した。
「あなたったら――とてもハイカラになっちゃったのね。須田さんて、そんなハイカラな家だったの?」
「そんなことないけど……」
 房は、働いたのと、友達を望み通り楽しく不意打に成功した満足とで、元気よく挙動した。
「さあ、たべない?」
 志野は、清汁の味を賞め、肉の焙《や》き方が上手だと云って、亢奮し、食べ始めたが、半膳も進まないうち、どうしたのか不意に箸を置いてしまった。房は、愕《おどろ》いて自分もやめた。
「どうして――何かあった?」
 見ると、志野はまるで上気《のぼ》せ、今にも泣き
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