人が待っていてくれるところへ帰って来るなんて、まるで珍しいのよ」
 房は、志野が袴をぬぐ間傍に立って見ていた。
「ひどい埃ったらなくてよ、外」
「――着物きかえる?」
「そんなしゃれた訳にいくもんですか、ふだん着だって勤め着だって一枚こっきりだわ、私なんぞ。――どうだった? 退屈じゃなかった?」
「ふむ――でもこの部屋、ひどいのね昼間見ると――そこの硝子どうやったらあくの」
 志野は、半幅帯をちょっきり結びにしながら、上眼で部屋を見廻した。
「どこ?」
「表のさ、あすこが明くとからりとすると思ったんだけれど」
「ああ、あすこ。あすこは駄目だ」
 志野は、二十三にしては小柄で若々しく白い喉をふり仰のけるようにしてころころと笑った。
「あすこは明かないわよ、釘づけだもん」
「夏どうするの、蒸れちゃうわ」
「いいわよ、今からそんな心配しないだって――実はね――去年の夏、あすこを夜中まで開けっぱなしでうんと騒いだことがあるのよ、そしたら巡査に呶鳴られちゃってね――下の神さんなんて――仕様がありゃしない、意地ばっかり悪くて……」
 二階は、一室ずつ貸し、下では氷問屋を営んでいるのであった。
 着
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