室とで費して来るか、単調に暮した。その単調な無為が生理的に必要と見え、房はちっとも退屈でなかった。
志野の生活の全幅も、追々理解されて来た。彼女が始めからぼんやり推察していた通り、まだ面前に現われない数人の男が、小綺麗で、たよたよしく、その癖どこにか平気みたいなところのある志野を取繞んでいるらしかった。志野は何を警戒してか、その方面のことは一言も房に話さなかった。
照りつづけた揚句、夜中から穏かな雨が降り出した。ふと目をさまし、トタン屋根に粒々落ちる雨の音を聴いた時、房は嬉しい心地がした。ぐっすり眠って起きた時は、志野の出た後であった。雨はまだやまない。しとしと軟かく繁く屋根を打つ雨脚、点滴の長閑《のど》かな音、電車の響もぼやけ遠のいて聞える。房は久しぶりの雨で魂まで潤されたように感じ、ゆるゆる髪を梳きながら開かない露台の裡から外景を眺めた。街路樹の梧桐の濡れた若葉が、硝子を流れる雨水のせいで溶けるように、世にも鮮かな緑で見えた。下に、赤いポストがあるのも愛らしい。房は、好物な苺のジャムをつけてパンを食べ、牛乳を飲んだ。飽きずに雨の音を聴いた。降る雨は一様でも、雫る場所によって音が
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