もやっと自分の平静さをとり戻した。
「今晩はね、お暇いただいて来たから私ゆっくりして行けるのよ。仕事もって来たげたわ」
房は、志野に会った夜、帰って黙っていられない程悦びを感じた。丁度細君が仕立てに出そうとしていた縫いなおしのお召があった。彼女は、志野の内職の足しにそれを持って来たのであった。
志野は、横坐りのまま縫物材料を指先でいじった。房は失望を感じた。が、相手を引立てるように説明を加えた。
「縫いなおしじゃ厭かも知れないけど、うんと上手く縫って頂戴、そしたら、私、これからお上のもんは、皆あなたに頼むようにするわ」
「結構よ、これで――でも、あなた親切なのね、有難う。……体どんな?」
「同じだわ」
「国へ帰んないの?」
房は苦笑した。
「だって――あなただって威張って帰れなけりゃいやでしょう」
志野は、強く否定した。
「私とは違うわ、あなたんとこなんかお金持じゃあないの、自分の好きでただ来てるんでしょう、だもん……」
「喧嘩して来たんだから、いや」
「頑固なひと!――あなたみたいにいつまでも学生みたいな人ありゃしないわ――そのままにしていたら、だって、悪くなるばっかりよ。死
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