かしそうにメリンス羽織の肩をすくめて笑った。
「――あの顔ったら――昔の通りね」
――房は、帰る時間は気になるし、この思いがけない廻り合いを、これぎり打ちきる気はなし、せき込んで訊ねた。
「あなた、そいで今どこにいるの?」
「私?――あなたは?」
「私はついそこの坂を登りきって左へ入った処よ――須田さんて家」
「なあんだ、あすこ? あすこなら毎日通ってるわ――私、電話局に通ってるのよ、停留場んところの氷屋に間借りして……」
志野はどうせ暇だからと云って、須田の家まで房を送って来た。
四五日経って、房が氷屋の二階へ行った。
濡れた大鋸屑《おがくず》が、車庫のような混擬土《コンクリート》の店先に散ばっていた。横手の階子を、土足で登って行く――。登りきった処に、並んで二つ、それと直角に一つ、西洋扉がある。それらが五燭の、見捨てられたような電燈に照らされている。――
志野は、大きな室の真中で、長襦袢の衿をつけ更えていた。
「まあ、よく来てくれたわね、直き済んじゃうから入って頂戴」
志野が、こんな荒涼とした建物の中でも、快活で、平気で、花弁の大きい白い花のような顔付をしているので、房
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