夜の散歩の中で、ひどく自分を孤独に感じた。胸がきゅうと、引緊るようになった。彼女は、泣きたくなるのを堪える時の癖で、くんと顎を突出すような、負けずぎらいな顔付で大股に店を出ようとした。その途端、ひょいと一人、女が横から出て、彼女の行手を遮った。房は、感情がこみあげていたので、相手を見定める余裕なく、すりぬけて猶進もうとした。すると、前にふさがった女は、一層彼女に擦りつき、攻めるような、からかうような快活な凝視で、房の注意を促した。
「一寸! いやなひと、忘れたの?」
 房は瞬間仏頂面で視た。
「――まあ、あなた」
 彼女は、俄に気が和むと一緒に、何と挨拶してよいか判らない感動に打たれた。
「まあ――どうしてわかって?――でも、まあ、本当に、こんな処で会おうとは思わなかった!」
 志野の方は、房に比べればずっと落付き、
「さっきね、ふいとここを通りがかると、何だかあなたみたいな人がいるだろ、私、まさかと思ってね、でも念のためだと思って傍へよって見ると、矢張りあなたなんだもの――」
 補習科時代からすると、別人のように志野は女らしくなっていた。房々軟かそうな黒褐色の前髪を傾け、彼女はさもお
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