いと頭をあげて二人を見た。
「ふわあ、恐ろしや」
 これには房も笑った。
「さ、また明日があるから寝ましょうか。――今夜、純吉さん泊めてよ」
「夜具は?」
「いいわ、どうだってなるわよ、ね?」
「うん」
 房は、東窓を足にし、志野は西を足にし、大垣と床についた。志野は床の中へ塩豌豆の袋を持ち込んだ。
「――どうあなたもたべない」
という声を、房は夢現にきいた。
 翌日は、爽やかな好い天気であった。志野が勢よく朝飯の仕度をした。
「私一寸、おみおつけの実買って来るわ」
 志野が出て行くと、大垣は、房が髪結うのを側に立って眺めた。
「君の髪、立派だなあ、こんなにあるとは思わなかった。あいつなんて、猫の尻尾みたいだ」
 大垣は、ずっと傍によって来た。
「一寸いじらしてくれない」
「何云うのよ。――邪魔だからそっちへどいてなさいよ、男のくせに」
「は、は、男だから、さ。全く髪のいいのいいな。早く君に会ってりゃよかった、あんな棕櫚箒みたいなの!」
 房は不快になり、強い声を出した。
「あなたいやな人ね、案外。五分もいないと直ぐお志野さんの悪口なんぞ云う。承知しないから」
 変に落着かない朝飯がすむと、二人はまた家さがしに出かけた。房は、やっと朝の快い静けさを味わおうと坐ったばかりのところへ、一旦出た志野が戻って来た。
「なあに――忘れもの?」
「あなた小銭もってない? いくらでもいいのよ、一日かして」
「あの人持ってないの」
「うん、困っちゃう。――持ってるだろうと思ったら、空々なんだもの――」
 房は、六十銭渡した。
 目白の方に、いよいよ家が見つかった。志野は帰ると、眠るまでその家のことを喋り通した。
「ね、嘘だと思ったら行って御覧なさい、全くいいったらないのよ、駅から直きだし、日当りはいいし、新しいし。三軒建った真中だから要心も大丈夫なの――あなた、本当にいらっしゃい、ここなんかと空気は比べもんにならないわ」
「――有難う――でも私やめるわ」
「何故? 折角三人で賑やかに暮そうと思ってるのに――部屋だって、ちゃんとあなたの分があるのにさ」
「まあ二人だけで暮す方がいいわよ」
「――詰んないわ、それじゃ」
 志野の引越の日、房は須田に行っていた。志野のために、結局利用されたようなところも決してなくはないのに、別れるとなると房は辛かった。荷物の出てゆくのを見る気がしなかった
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